そのむかし、G-CLEFというバンドがあった
推しコンカレンダー2025の2日目の記事です。私ゆばの最も好きなミュージックアーティストについて。
タイトル通り、G-CLEFというすでに解散してしまったバンドがあって、それが私のいちばん好きなアーティストです。どんなやつらかというと、ヴァイオリン・チェロ・ピアノ・ドラムスをメインにしたアコースティック楽器のインストゥルメンタル。レコード屋さんではいろんな棚に置かれてるんですけどおおまかにはジャンルはフュージョンになるんじゃないかと思います。
芸大の現役学生が結成したインストゥルメンタル・バンドって点っていうとあれみたいですよね、葉加瀬太郎率いるクライズラー&カンパニー。デビュー年もほぼ同じ。K&Kが87年でこっちが88年。大きく違っているのがアコースティックってところですね。この時代のインストゥルメンタル・バンドっていったらやっぱりYMOしかりT-SQUAREしかり、シンセサイザーを多用したデジタルな音作りがメインで、クライズラー&カンパニーだってヴァイオリンを全面に押し出しつつもシンセサイザーバリバリに使ってクラシック曲を現代風アレンジしていました。この点、G-CLEFは伝統楽器にドラムセットを足しただけでアコースティックな音作りをしていたって点でちょっとこの時代らしくないバンドだったんですよね。
音楽の特徴のもうひとつは即興パートの多さ。基本的にメロディラインのはっきりした曲を作るんですが一通りサビまで行くとだいたいそこからブレイクに入る。ヴァイオリンが大暴れするかピアノが大暴れするかドラムスが大暴れするか全部が順番に大暴れするかってのを、キャッチーな曲からしっとりした曲までだいたいの曲でやります。だからBGMでは使いにくいのな。メロディのあるところはイージーリスニング曲的にも使えるのに、そのまま流してるとブレイクが始まっちゃってぜんぜんイージーじゃなくなるの。たまーにTVのBGMに使われてるのを聞くことがあるんですけどやっぱりメロディ部分だけを短いBGMとして切り出してってだけですね。紅白まで出たのに結局あんまりメジャーになれなかったの、このBGMとしての使いにくさのせいだったんじゃね? なんて思ってますけどどうなんでしょうね。
いや、あんまりメジャーになれなかったとは言っても、NHKで音楽番組のレギュラーになったりしていて、それのせいで紹介できる録画がYouTubeにいくつも残ってくれてます。今日はそういうの貼りつつ私の推しコン紹介していきましょう。
前期中期後期にわける
ファンってアーティストの活動期間を前期中期後期に分けがちじゃないでしょうか。そんなことありませんか、そうですか。私はG-CLEFの活動期間を3つに分けたくなっちゃいますね。そしてみなさんそういう3分割だと中期ぐらいが一番好きとかだったりしませんでしょうか。そんなことはないですか、そうですか。私はG-CLEFの中期くらいが一番好きですね。まあ全アルバムリピートしてますけど。
G-CLEFは7枚アルバムを出しているんですが、1・2枚目を前期、3・4枚目を中期、5・6・7枚目を後期って勝手に分類しています。どんな特徴があってそんな分類を勝手にしているかなんですが⋯
前期は、クラシック曲の現代風アレンジの比率が高かった時期なんですがそのアレンジも録音技術もまだ未熟な印象があったってのが特徴。いや未熟だとか何様だよって感じですが、録音技術に関しては確実に未熟だった。各楽器パートが、CDの右トラックか左トラックかにしか入っていないなんてレコーディングを普通にしていたから。もちろんこれでは音の立体感もなにもないですね。クラシック曲のアレンジも、一般人にクラシック曲とかアコースティック楽器を身近に思ってもらおうと頑張っちゃってる感というのが伝わってきちゃってですね、そのへんをまだもう一枚皮がむけてほしい時期だったよなというファンの感想です。
そういう意味でこの時期の推し曲もやはりクラシック曲アレンジではなくオリジナル曲で、YouTubeに録画がある辺りではこんなのですね。
頑張ってる感が抜けて自然体になってきたなと思えるようになったあたりが中期ってことになります。録音技術の方も進化して、各パートの音が位相をずらしつつ左右トラックに入ってちゃんと立体感のあるサウンドで再生できるようになりました。ただなんか録音レベルがまだ低いので他のアーティストのCDと混ぜて聴くとG-CLEFのだけ音が小さい⋯ ってなります。このへん、勝手に補正しながらちょうどいい音量に全部揃えて再生してくれるiPhoneのMusicアプリは偉いですね。肩の力が抜けたことで自分たちのサウンドが自由に鳴らせるようになりすごく華やかな印象の曲が多い時期だと思ってます。
クソかっこいいのがこれ
youtu.be
あと、短縮版なんだけど私の一番好きな曲のこれ
youtu.be
実は私がこのバンドに出会ったのは、バンドがとっくに解散したあとでした。辛いですね。まったく新規供給のないファン。で、最初に入ったのが3rdアルバム(=中期)なので中期が一番好きなのかもしれないし、一番刺さるアルバムに最初から出会えたからG-CLEFを好きになったのかもしれない。これはもう過去をやり直せないのでどちらが真実なのかはわかりません。
で、新規供給はもうないと知りつつ既存のアルバムを新しい方へ聴き進めていくわけですが、そこで後期ですね。まずレコーディングは成熟します。録音レベルは普通くらいになり、他のアーティストのCDと混ぜてもふつうに聴けるようになりました。あと重要なこととして、一曲が大体5分という、ふつーの長さに揃ったことです。中期までは曲の長さが本当に自由でやたら長い曲とかやたら短い曲とかあり、全体としてはわりと短かめ、5分というふつーの長さの曲は逆にほとんどありませんでした。まーこの自由さも気に入っていたんですけどね、だから一曲5分に揃ったのが、えーそれってちょっと世間に迎合してない? と反発を覚えたり覚えなかったり。普通になっていこうとするのが、なんか自分のものから離れてっちゃうようでやだったんですよ。解散後に知ったファンのくせにね。
その解散後ですが、メンバーのソロ活動は続いててそちらを新規供給として吸うことで私はまだ窒息せずに生きていけています。
G-CLEFと同系統のフュージョンオリジナル曲でやっているのはピアノの榊原大とチェロの柏木広樹。で、おもしろいことに二人とも「同期」であるクライズラー&カンパニーの葉加瀬太郎と交流していて葉加瀬太郎のアルバムに参加したりもしているんですよね。柏木広樹は曲風も葉加瀬太郎に似てきた気がする。
こんな曲風です
youtu.be
こういうの吸って今年も生きてきました。来年もよろしくお願いします。
人生の力になってくれる歌
ねむだる豆腐音楽会 Advent Calendar 2023の18日目の記事です。
タイトルの通り、なにか悩んだとき、人生のつらさにぶつかったときに力になってくれるかもしれない曲を3つ紹介したいです。
続きを読む2023年こんな本がおもしろかった
やまかわアドベントカレンダー Advent Calendar 2023 - Adventar 1日目の記事だよ!
このアドベントカレンダーはノンジャンルだけど、買ってよかったものみたいなお題があるんで、じゃあ今年読んでおもしろかった本とか紹介してみようと思いました。
技術書も実用書もお話も漫画もとりまぜていってみましょう。
オーバーシュート
絶縁体の両側に電池をつなぐと、両側には電位差ができる。
これは当たり前。
だけど絶縁体というのが神経線維とか筋線維の細胞膜だとその先がある。電位差があるラインを超えると細胞膜が自力で発電を始めるので電位差は急激に増大する。
これが医学分野での「オーバーシュート」なので、日本語圏の医者にとってオーバーシュートという言葉には、一線を越えると正のフィードバックがかかって急伸というニュアンスがある。
ブクマタイトル改変という禁忌を犯したが、さて
はてブではブックマークした記事のタイトルがすべてのユーザーで共有されるし、それは新着・人気記事リストのタイトルにもなるので、基本的に改変はすべきでないとされていて、対象ページそのもののタイトルが未設定だった場合などに限るとされている。
エントリーのタイトル変更のガイドライン - はてなブックマークヘルプ
ただ今日、以下の記事ではガイドラインを破ってでもタイトルに注意喚起を書くべきだと考え、「【デマ注意:コメント参照】」というプレフィクスを付けた(もちろん参照先の記事内容はデマだ。WHOはインフルエンザワクチンが無効だなんて言っていないし、当然接種を推進している)。
はてなブックマーク - WHO、インフルエンザはワクチンで予防不可と結論 病院は巨額利益、接種しても感染多数 | ビジネスジャーナル
その後、「改変はいかがなものか」という意見が付き、実際に差し戻されたし、それらはもちろんガイドラインに沿った正当な意見・行動だとは思う。
その上で、id:dusttrail 氏と id:pc_nagomu 氏にはもう一歩踏み込んだ見解を伺いたいです。
「批判点の多い(ゆえに批判コメントを集めてブックマーク数が伸びる)記事が上位ランキングに入って目立ってしまうはてブというシステムにおいて、ランキングを一瞥しただけの人に(不特定多数の人の命に関わる)誤った言明がインプットされてしまいやすくなるという問題について、ユーザーとしてどのような姿勢が好ましいとお考えになりますか?」
いや、この問いへの答はいろいろありうるし、実際見解が自分とは違うからこそああなったわけなんだけど、短いやりとりだけからはわからないそれぞれの見解についてもっと深く知りたいなと。
ちなみに、予想される「『デマ』などのタグが同時に表示されているから十分ではないか」という反論については、見る側の環境の多様性(モバイルや、マッシュアップページ経由での閲覧)への考慮が足りないのでは、とあらかじめ再反論を置いておきます。
「科学も宗教の一種でしょ」問題について
「科学も宗教の一種でしょ」という残念な、とても残念な認識を僕は1ミリたりとて肯定するつもりはないのですが、かといって無条件に否定するつもりもないってのが今の立場です。
どっちつかずですね。
もう少し厳密に言いましょう。
- 人類にとって科学は宗教じゃありません。
- 個人の視点で、特に研究者でない一般人の視点で科学は宗教の一種たりえます。
まず科学が宗教でない理由にあまり文字数を割きたくはないのですが、科学的な知識が宗教的な教義でないのは
- 誰かがそう言っている、そう書かれている、ではなく
- どういう観察結果からどういう考察を持って結論された知見かで記述されており
- 検証可能である
からですよね。
最後の検証可能であることが一番重要なんですが、その主語ですよ。人類にとって検証可能、なんですよね。
例えばですよ、地球が丸いっていう常識的な知見について、「自分で検証したから信じてる」って人どれだけいますかと。(それなりに数学ができれば「GPSの測位法が成立しているのは地球がジオイドになってないと無理だよね」って言えるかも知れないけど。そういう人はそれ以外の“当然だと思ってるけど自分では未検証の常識”を何か思い浮かべてください)
知識ベースの大部分はそうだと教わったからそうだと知っているわけで、個人の立場では未検証のまま受け入れている知識、つまり宗教の一種だというのは確かにその通りなんですよね。
人類全体では検証を重ねて非宗教的に科学知識を積み重ねている。各個人はその人類全体の営みを信頼することで科学的知見をあたかも宗教的に利用できている。そういう構造でしょうと。
そしてですね、信頼関係あるところに悪いハッカーありですよ。科学への信頼という構造に不正に介入して利益を吸い上げようとする活動がつまり疑似科学であるわけです。そう考えると疑似科学、単なる詐欺師に対する憎たらしさだけでなくて人類全体の大事なシステムへの挑戦であるというより深い憎しみとか、構造上避けられない存在なのだなという諦めとかいろんな思いが出てきますね。
科学研究に携わっている人は、ベースで持っている科学知識量が多いし論文の参照ネットワークから知見同士の矛盾に気付きやすいので疑似科学のハックに対して頑強ですね。研究者視点からはもう「論文の形で発表されていない」だけで切れるので判断はとても簡単。
ところがそうした研究者視点の裏さえかこうと論文書いてデータ捏造してハックしてくるやつらもいて、そういうのはもう疑似科学でなく研究不正と呼ばれるわけです。
だから小保方、あんたのやってることは人類の築き上げた偉大な信頼構造にくさびを打ち込む行為だってこと認識しろ。