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「科学も宗教の一種でしょ」問題について

「科学も宗教の一種でしょ」という残念な、とても残念な認識を僕は1ミリたりとて肯定するつもりはないのですが、かといって無条件に否定するつもりもないってのが今の立場です。

どっちつかずですね。

もう少し厳密に言いましょう。

  • 人類にとって科学は宗教じゃありません。
  • 個人の視点で、特に研究者でない一般人の視点で科学は宗教の一種たりえます。

まず科学が宗教でない理由にあまり文字数を割きたくはないのですが、科学的な知識が宗教的な教義でないのは

  • 誰かがそう言っている、そう書かれている、ではなく
  • どういう観察結果からどういう考察を持って結論された知見かで記述されており
  • 検証可能である

からですよね。

最後の検証可能であることが一番重要なんですが、その主語ですよ。人類にとって検証可能、なんですよね。

例えばですよ、地球が丸いっていう常識的な知見について、「自分で検証したから信じてる」って人どれだけいますかと。(それなりに数学ができれば「GPSの測位法が成立しているのは地球がジオイドになってないと無理だよね」って言えるかも知れないけど。そういう人はそれ以外の“当然だと思ってるけど自分では未検証の常識”を何か思い浮かべてください)

知識ベースの大部分はそうだと教わったからそうだと知っているわけで、個人の立場では未検証のまま受け入れている知識、つまり宗教の一種だというのは確かにその通りなんですよね。

人類全体では検証を重ねて非宗教的に科学知識を積み重ねている。各個人はその人類全体の営みを信頼することで科学的知見をあたかも宗教的に利用できている。そういう構造でしょうと。

そしてですね、信頼関係あるところに悪いハッカーありですよ。科学への信頼という構造に不正に介入して利益を吸い上げようとする活動がつまり疑似科学であるわけです。そう考えると疑似科学、単なる詐欺師に対する憎たらしさだけでなくて人類全体の大事なシステムへの挑戦であるというより深い憎しみとか、構造上避けられない存在なのだなという諦めとかいろんな思いが出てきますね。

科学研究に携わっている人は、ベースで持っている科学知識量が多いし論文の参照ネットワークから知見同士の矛盾に気付きやすいので疑似科学のハックに対して頑強ですね。研究者視点からはもう「論文の形で発表されていない」だけで切れるので判断はとても簡単。

ところがそうした研究者視点の裏さえかこうと論文書いてデータ捏造してハックしてくるやつらもいて、そういうのはもう疑似科学でなく研究不正と呼ばれるわけです。

だから小保方、あんたのやってることは人類の築き上げた偉大な信頼構造にくさびを打ち込む行為だってこと認識しろ。