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外延的ラーメン

ものごとの指し示し方には、難しい話だけど外延と内包というやりかたがあります。ぶっちゃけてしまうと外延は「オヤジとは、あいつとかあいつみたいな人のこと」という表現の仕方で、内包は「オヤジとは、こういう条件を持った人のこと」というやり方。具体例で示そうとするか、普遍的な条件で示そうとするかの違いですね。
さて、何かを定義するとき、やはり美しいのは普遍的な定義です。すなわち内包。説明するとき「○○とは△△である」とできれば明快なわけね。ウィキペディアだってこの方向性だよね。しかし、世の中の事物は内包だけでは定義はできないから困るのです。
例えばだ、オタクについて定義したいとしますよ。「サブカルチャーに傾倒し・・・」なんて書き出してはたと困ります。サブカルチャーといっても、オタク文化に属するのはその一部だもん。例えばGLAYのファンだからといって即オタク扱いされることはありません。でもこれが坂本真綾のファンだというとオタクの香りが漂い始める。どうして? 声優だから? そしたら、声優業経験者である香取慎吾のファンだとオタクの範疇に取り込まれるのかというと、そういうことは普通ないわけです。
つまり、サブカルチャーをオタク文化とポップカルチャーに分類するのに、内包的定義は不適当というわけ。外延的に「ああいうイベントに行くんじゃ・・・」とやるしかない。
さて全然話は変わるけど、外延的にしか定義できないものに、ラーメンがあると思うのですよ。広辞苑には「中華風スープを用いたつけ麺」とあるけど、これは完全に間違った定義だよね。麺もスープのダシもタレも自由なのがラーメンなのであって、中華風と言えるようなスープを出す店なんて中華料理店くらい。我らがウィキペディアも「麺と汁を主体とした料理」と定義していて、間違いじゃないけど範囲が広すぎるんだわ(このあとに外延的定義も続くけどさ)。
よってラーメンは、「ああいうラーメンもある」「こういうラーメンもあった」と実例を重ねることでしか表現ができない、非常に外延的な食べ物なんだってことになります。
ということで、まだの人は早く二郎のラーメンを食べて外延の幅を広げに行きましょう(笑)。